希死念慮~暗く重い話なんで嫌いな方は読まないで下さい

希死念慮(きしねんりょ)【意味】

生きたくないと考えたり、死ぬ事を創造したりする事である。自殺念慮よりは積極的なものを指し自殺の準備や計画経過宇の策定が含まれる。

 

※誤解の無いように。過激な表現も含まれます。希死念慮を推奨するものではありません。

〇人身事故

日本の社会的大問題の一つである。平成の頃かな?報道で沢山見るようになって考えていた、所詮素人の考察なんで専門的ではない分、知りたい人は解りやすいかと思う書き方をしたい。毎年約3万人が消えてく社会、に異常を感じていた現在は2万人代らしいがそれでも変わりない。平成の当初から異常事態だなと感じていた、人身事故多発する東京で駅員に遅延に関して文句いったりクレームのコメントンる度『なんか筋違いだよな?』といつも思っていた。皆用事があるんだろうけど勿論、、当事者の苦悩は計り知れない。何度か乗車中にそれで止まった事はある。電車内で最短で50分位かな?

統計で読んだことあるけど原因の第一位が『人間関係』二位が『健康問題』三位が『金銭問題』らしい。まず意外だった金銭問題が一位じゃないか?と思っていたからだ。駅員さんの精神的ストレスに関する記事も読んだ、運転士の方は警察の事情聴取はあるものの数日休めて復帰するらしいがそこで精神的に病んでしまい運転士の職を降りる方もいるそうです。大都会の混雑する不特定多数の人間を安全にコントロールする姿には頭が下がります。警察でもないのに迅速に運行しないといけない使命で皆働いてる(と思う)。

 

鉄道用語では“人身”とか“マグロ”(これは俗称?)とかの言い方になるとか?一時期SNSでブルーシートめくって撮影した人間もいたとか?倫理観の欠片もない時代。大都会900万人いると『競争社会に巻き込まれると倫理観も狂うのか?』とコワくなった、今でも時折思う。個人でこの問題に対してできること等ないし、急用で電車に乗ってる人は駅員に八つ当たりしたくなるでしょう。でもそういう社会を構築してしまった、僕等にも原因は少しはあると思う。競争社会、落ちたら何も残らない、過度のストレス、国家の間接的誘導、国際社会の影響・・・家庭環境、経済問題、健康問題、人間関係~挙げたらいくらでも出てきそうなテーマ。

 

個人ではどうしようも出来ないし会社内でも限界があるだろうし、だからと言って考えなくてもいい問題でもない(と個人的には思う)

どうしようもないし手の打ちようもない→自分の身近な問題じゃない→考えるのを止める→無関心になる

 

これ学校でイジメによる自殺問題と同じに見える。人類が他の生物と違って発展できた理由の一つに『協力して野生の獲物を狩る』そうやって生きてきた。

 

そういった行動からコミュニティが構築されてきたがなぜかどうしても都会にいると『競争意識』に染められてる。関節的にも言える、例えば同業種、ラーメン屋でもコンビニでもいい、商圏内に同じ職種の店が出来たら意識するはずだ。本来はチェーン店なら本社の争いになっても当事者同士でも意識はしているはず。

勿論それで日本始め経済が回り発展してきた経緯があるから一概に良いとか悪いとか言えないが、限界が来ていると思う。これ世界中で起きてる問題の一つ。日本だけじゃない、アメリカやヨーロッパ、中国、韓国、どこでも起きてる。そこで亡くなる人にも一人一人のドラマが葛藤があったはずだ。でも報道では淡々と語られて死亡者数を上乗せされて終る。凄くそれが怖いしいように感じるのは僕だけだろうか?

人間が無反応になってくのが無機質になってくのが怖いと思う。まるで感情がないロボットみたいになってる。世界がおかしな方向に進んでる様に思えるんだよね。日本だけじゃなく事件を起こす凶悪犯の話を読んでも『感情がない』正確に言うときっかけは感情があるんだけど、事件起こす時には感情がないし被害に合われた方は堪らないと思う残されたご遺族もやり場のない怒りに震えるでしょう。

 

簡単に答えは出ないけど社会が注目する事で機運が高まればいいと思う。

悲劇を繰り返さない為に!