心と身体~不思議な話

〇心と身体

自分が、自分が主張しないと世間から取り残される、と世間一般的には言われます。

それはあくまで世間の価値観であり別に染まらず『合してあげる』だけでいいと思います。心の中で『アッカンベー』とベロを出しましょう。(*^^)

喧嘩、口喧嘩、口論、もっと拡大解釈して、国同士の戦争、共通してるのはお互いが“正しいと思ってる事”

(こういうと主張して何が悪い?)とか言われそうですが身近な事でも事件の報道を見ても同じ事が言えます。心が病む人、憎しみを増加させる人、社会的事件を起こす人どこかで自身と折り合いつけるのが上手くないのかな?と思う。(別に僕が上手い訳でもないが)。

以前、神社に鏡があると話しました、何故か?『我が身振り返りなさい』って意味だと。(そして自身が神さまですよと)。そして神社で祈る時(まぁ合格祈願とか、恋愛成就とか病気回復でもなんでもいいけど)誰かの本に書いてあったな小林正観さんかな?否、別の人かぁ?読んだ時日本のルーツに壮大な一般的には知ってる人が少ない語られない秘密が沢山あるんじゃないかとワクワクしました。人間がこの世に生まれる意味、理由について考えていた時、父親の教えと小林正観さんの教えで二人とも類似した思考(偶然?)で驚き腑に落ちました。

お父さんは『学ぶ為』正観さんは『楽しむ、経験する』為(違うじゃん)てツッコまれそうですが自身の人生経験にしても社会の事件みてもそういう視点で感じる内容があったのも事実。小林正観さんの話によると、肉体を通してでしか学べない事(制約だらけの人生・ご飯を食べたり、寝たり、病気になったり、働いたり、風呂に入ったり、人間関係でなやんだり)を肉体を通してでしか学べない事学ぶ為とか?読んでいてなるほどと思った。そして何より人は約10万回生まれ変わり神さまの最下級生“守護霊”になるとか?(その辺は未だに信じてないけどそうなのかなぁ?と思ってる)神さまになりたかぁねぇよ!って人もいると思う。多分生まれ変わりがあるって時点で10万回クリアすると(解脱、涅槃とかの境地?だと個人的には思ってる)そうなるらしい。で生まれて早くに無くなる命は10万回に近い存在でもう学ぶ事が無いから早めに“役目を終えて”なお“周囲に哀しみを与える役割”があるとか?(その辺“も”未だに信じてないけどそうなのかなぁ?と思ってる)

うる覚えでごめんなさいね、興味乗った方は小林正観さんの本を動画を見つけて下さい。確かに生きてると『苦しい事キツイ事、悩む事多々ある』僕だって何万回好きな事だけして自由に暮らせたらどんなにいいか!と『何万回思った事か(笑)』でも上記の小林さんの本を読んで驚いたのは当時覚えてます。『あれ?そういう視点もあるのか?』

『か・が・みの法則』

“か”→この世を人生は壮大な川であるの『か』

“が”→自我、存在意義を主張する為の『が』

“み”→人生を渡る学ぶ為に必要なわが身の『み』

この“が”を抜かすと無くなると“かみ”になる。神といわれる(わかりやすく便宜上いつもかいてるが人智を超越した存在)人智を超越した存在が『自由気ままに振舞ったら』

人類はひとたまりもない(笑)天から見てる存在が『こいつ嫌いだからこいつだけ雨ふらしてやれ』とかやられたら他は晴れてるのにそいつの頭上だけに雨が降り注ぐとか?人間からしたらたまったもんじゃない(〇〇君はいつも傘をさしてるね!)とか。

ホント平等なんだね、必ず四苦八苦は訪れるし、でもそこから学びなさいって事なのかな?とも思った。肉体を通してでしか学べない事、確かにそうだ。

小林正観さんも違う人の著書でも書いてあったが肉体を離れて魂(心)だけになるともやの存在になるらしく天上は『観念の世界』つまり思考で感じた事が『全て思い通り』になるらしい(これも?と思うけどそなのかな?)『なんでも思い通りになる生活』を何万年(地上で言う概念)からすると魂(心)はどうなるか?飽きてくる(笑)で自ら望んで地上に生まれてくるとか?肉体って『貸衣装』を着てこの世に学びに来るとか?

(すみませんね色んな人の本読んでるから正観さんだけの解釈ではないです表現方法が違うだけで殆ど同じ内容の事言ってます)

最近ね、人生経験重ねたからか?死ぬ気はゼロだけどどうもねぇ全てが愛おしくて(笑)
楽しかった事、見てきた何気ない景色、辛かった事、片思い、仕事で出会った人、学んだ本の数々(これは変わらない)嬉しかった事、人との出会い、別れ・・・自宅にある身近な品々・・・

愛おしくてありがたくてねぇ(笑)高齢者みたい(そんな年でもないが)

何故ならね『全てが自身を成長させる為』って感じる事が出来たからなんだ。