3・11忘れちゃいない

あの当時、駅前に行ったら誰もいなかった、道路の真ん中を歩いても車も人もいなかった。空虚な光景に驚愕しました。帰宅困難者が、延々道沿いを歩いてる光景。ただ事じゃないと知ったあの頃。こっちにいる、僕等さえ感じたんだから現地の皆さんは相当な混乱だったかと。あれからコンビニ、スーパーなど物資が無くなり、計画停電があり、日本中が世界中が救援した日々、正直どうなるか?だったし自分もこの国もどうなるか?位衝撃だった。

僕のいる場所も、ホント人が普通なら行き交うんだけど、車も人も殆どみなかった。日本中が混乱した日。やはり、どうなるかの未来より、今をこの瞬間を懸命に生きる事の大切さを学んだと思う。子供の頃は単純に『自分のいる周囲が平和な世界』だと感じていた、世界と比較してもそう思う。けど・・・日本中に世界中に気持ちを配ると、多々変化と生きる過酷さを知る。あれだけ原発反対と言っていたのにどんどん稼働しているし外国に原発の製造や管理を委ねている日本政府はなにをしているんだろう?皮肉なモノであの頃、静かな街もいいかな?と感じた位だ。

昔から『成功した明るい世界』は憧れだったがそれと同じ位『現実のある位世界』も意識してみてきた。多分、バランス保っているんだろうな!最先端の技術も大好きだけどこういう事件や悲劇で亡くなられた人達も忘れられない。一人一人に物語があり、ドラマがあり感情があり友達がいて何気ない日常を送っていたはずだ。動物たちもそうだ。酪農家がそのまま手離さないといけなくなった、その他多くの動物の哀しみ・・・

あの頃と比べて更に日本政府の怠慢は酷すぎる。でも今回のフジテレビの問題の様にSNSを駆使して情報の取得により国民の怒りはドンドン表現されてる気もする。そうだ、そうなんだ願わくばチカラを付けて欲しい、社会にも関心もってほしい

日本国民に無限の力を!

間違った政府の動向に対する怒りを身に付けてほしい!

なんだろう?個人的な体感だけど世界はドンドン縮小していくと思う。何故なら世界中で抱える問題が民族違えど大差ないからだ。経済問題、年金問題、少子高齢者の問題、雇用、環境、人権、イジメ、犯罪・・・・不思議とどの国も抱える問題が同じようなことばかり。報道機関は都合の悪い事は世間に流さない。見出しが小さくなる。

僕らがホントに生活が豊かになる為にはその辺の『表に出て来ない闇』に注視しないといけないのに・・・

これからどうなるか?出来る事やれる事、毎日、懸命に生きてくしかない。と思う。

 

このチャームは宮城の一本杉から作ったそうです、微々たるながら貢献させて頂きました。不死鳥の様に日本人が舞い上がる時を待ちながら・・・・