人間の魅力と時代の変化
よく年齢を言い訳に、する人がいる。街中でさっそうと買い物でもいい観光地でもいいすれ違う時でもいい『若い時がよかったぁ~』とか『身体がもっと動けたらなぁ』とか言いたくなる気持ちは理解できる。その人が生きてきた時間、学んできた時間、が出ていると思ってる。昭和の時は、定年退職してマイホームを持つのが一般的な幸せのゴール、って理想があった。競争社会から逸脱したら終わりみたいな・・・・

昭和の終わり位からそれは幻想になった。平成から令和になり完全に崩壊した、ネットのニュースは金融や貯金やお金の増やし方のコラムが乱立していかに100年時代を過ごすかみたいな話が横行してる。街中で若い人を観察してると、夢を持っ、夢を語る人が減ってる様に見える。ホントすげぇな!と思った。完全に上の世代の幻想は無いと、見抜いてるように感じるからだ。でも熱量を持った人はどこかに必ずいると思う。
若い実業家みたいに『サラッと淡々としてる』方が見栄えがいいし格好良くみえるから。そんな時代で“いかに頭がいい”と魅せる方が人生有利に進む時代になってるから。草食男子、男女共有の時代そのもの、“○〇ハラスメント”って言葉に代表されるように皆、意識しだしてる様に見える。若い人が映像とかで論破してる?のを見ると『ふ~ん格好いいですね( 一一)』とニヒルな感じで言葉と顔の表情をずらしていつも見ている。
街中ですれ違う若い子は今どきのオシャレを楽しみ高身長で小顔で細く化粧をしてマニュキアしてる男の子もいて化粧してる男の子もいるとか!
先進国の中で『社会の中で女性の人権意識が低いのは、韓国と日本』位らしいと、以前なんかのコラムで読んだ。出世意識の高い女性は大喜びでしょう、男性はこれまでと違う社会に委縮するでしょう。そういう時代なんだといえばそれまで。また新しく西洋から入ってきた価値観、いつも『新しい価値観を賛辞』するが、それは全ての女性に有利になるとも限らない、日本も韓国も酷い女性は一定数いるし犯罪の被害者、加害者になる人もいる、酷い惨殺な殺され方される人もいる。今後そういう人が増える気がする。
職場や個人や街中で年齢性別問わず『者(車)間距離』を適切に取らないといけない時代なんだと。
暴力の必要性?
基本的に暴力反対だがこういう事言うと古いとか、時代錯誤とか言われそうだし社会からはみ出しそうな気持になるが一定数の暴力、力による制圧は必要だと思ってる。基本的に暴力は大嫌いだけどね。完全には無くならないって話。
かつて北野武さんが映画の記者会見で、記者が『なぜ暴力映画ばかり撮影するんですか?』の質問に『世界中にお涙頂戴の映画も沢山あるが、なんで世界は平和にならないじゃないか』って質問に答えたそうです。凄い洞察力ですね。今はやりのブレイキングダウンでもいいしプロレスでもいい、目力をみてるとまさに獣のような眼差しで力強さがあります。

僕も人間の本能で暴力は潜んでいると思っている。日本の法律はいいのか悪いのか?だけど正当防衛の話で以前話したが、『袋小路に追い詰められて拳銃を突き付けられて絶対に逃げられない状態で反撃、攻撃したら正当防衛が認められる場合がある』って聞いた事がある。一方的にやられる事は無いから殆どは喧嘩両成敗みたいな結果になるそうです。10:0の割合になる事はほぼゼロだそうです。割に合わないですよね、そう思います。そうなりにくい社会になってる。
~日本の魅力~曖昧さの底力
昔は西洋諸国みたいに『白か黒か』『良いか悪いか』『善か悪か』の基準がいいと思っていました。仕事ではそうもいかないタイミングが多々あると思いますが。二元性で全てを計れないって日本人は知っていたんじゃないでしょうか?だから『玉虫色』とか『あいまいな表現』に美徳を感じていたんじゃないでしょうか?世界から見たら
なんていい加減な国民性だろうとか思われていたのかな?でもそうだったら、ここまで発展しなかったしガチャガチャとか色々なサブカルチャーも生まれなかったでしょう。論破するとかハッキリさせるとか、裁判とか事件とかの解決とか『白黒ハッキリさせる』事も時には必要ですが、使分けられる事がりそうな気がします。昔の桶を締める環が緩んでいたら成立しないしギターの弦も同じ。でも全てがそれが正解じゃないと思います。
