メメントモリ~死を忘れるなかれ

人生を充実に生きる為の教訓として有名ですよね。

我ながら哲学カテゴリーらしいテーマ(/ω\)余談ながら、戦争始まって物価上昇されまくりホントお金の使い方は考えるようになりました。まぁそれは置いておいて・・・

人間の本質として大人も子供も老いも若きも、男も女も楽しくて好きな事をして楽な方がいい、に決まってるしそれが本音だと思う。そんな事全員がやったら秩序や規則なんてあったもんじゃない、それこそ動物と同じ(人間も動物の一種なんだけど)

メメントモリをテーマにした絵画ヴェニタス画としても有名です、日常の中の風景にドクロや骸骨をモチーフにした絵画が残っています。

Wikipediaより引用】

メメント・モリ (Memento Mori)は、ラテン語「死を忘れるな」や「死を想え」という意味の警句です。古代ローマから中世の修道院、そして現代まで、死を意識することで、人生をより大切に生きるための言葉として様々な文脈で使用されてきました。

小さい頃は、世間体並みに『忌み嫌う』存在の認識でした。でも動物の生命をきっかけに、生死、人間との関係性や歴史・・・考えたり医療関係者の本とか精神世界の本とか読んでみたり多種多様な動画で特に知識を得ました。以前から精神カテゴリーの方で書いてますが

【結論】として『死』はまず肉体の死、これはどんな人にも絶対に来る医学的に細胞の老化、劣化・・・故に絶対に終焉に向かう。もう一つは『存在の死』この世で誰もその故人を語る人がいなくなった時、本当にその人は解放されるんでしょうかね?この世で学び活動する為に“肉体って衣装”を借りて人生の中で、必要な事学びテストされて成長できるか?を問われる世界。お金持ちでもなく異性に囲まれて何も困らない暮らしをする為でなく全ては内面を限られた一生の中で成長させられるか?

 

なぜ『快』(ここちよい)記憶より『不快』(ふかい)な方の記憶が残りやすいのか?本で調べたら脳内刺激物質のドーパミンが『快』より『不快』の方が3倍出て来るそうです、そういう構造になってるそうです。だから不快な記憶が脳内に残りやすいんですね。死=地獄と天国(仏教的な言い方だと極楽浄土かな?)って考え方も鎌倉時代にお坊さんが仏教を普及させる為に考えたと言われてます。(確か苫米地さんの本かな?)だから血の池地獄とか針山地獄とか?実際に行って体験した人の話ではないんですね。

 

世の中には多種多様な考え方(思想)があり、個人的には『それが一番』と感じてます。色んな考え方があっていいし世界中が『一つの思想で統一される』のは違和感があり成長がないからです。人間として基本的な規則は必要ですけどね、他人のモノを取ってはいけない殺してはいけない、破壊してはいけないとかね。

このヴェニタス画は左の花が、生きる事、右の砂時計が人生に対する時間、中央のドクロが人間の生と死を象徴しています。どのヴェニタス画もこういう構図になってます。

観る人に深い考察を与える絵画です。

ホント一時期この漫画から影響受けました。
贋作専門のアートディーラーが『贋作専門』の絵画を制作販売してる主人公の活躍を軸に展開されるマンガ。アートの世界をより深く知る事が出来ました。ヴェニタス画もこの漫画で知りました。

 

ふとこのテーマで書こうと思ったのは長野で20代の若者4人が水門に衝突して全員亡くなる事故がきっかけかな?ぞんざいな言い方すれば『またか~』になりますが若気の至りじゃすまない事案です。

教育知識、学びの旅は誰しも棺桶に入るまで継続します。

 

おいらはさて、次は何を学びましょうかねぇ?