『運』てなんだろうねぇ~2

よく言葉の表現で『死んだように生きてる人』と言うのがある。日本では多忙で疲れ切ってる人の表現として使われる。かの小林正観さんの言葉を借りると『この世の世界ではトンネルの中を通過してる状態って表現してる。トンネルを抜けた世界が『あの世の世界』と言う事らしい。そして『生きる』って事は『制約ばかりの人生』になる。

 

世の中では、ご飯を食べないといけない、お風呂に入らない人もいるけど基本的に入らないと不潔になり病気になりやすい、眠らないといけない、税金を納めないといけない、先の事考えないといけない・・・とあらゆる制約の中で僕らは生きている。

不本意ながらの、病気やケガ、事件に巻き込まれる、事件を起こす人、あらゆるネガティブな事案に対してジッと見つめると、ケガや病気など本人の改善で防げたり減少?できる場合と、交通事故など人為的にどうしようもない、場合がある。

両方に言える事だけど『人間の意思でコントロール出来ない(完全に)』それが人間なんですよね。人類有史以来、最高に文明が発展して豊かになってきている。だけど完全に管理は出来ていない。色んな人の起こした事件を観察してると(ニュースなどで)やはり視野が狭いんだろうな?と思う。今日も東大前の地下鉄で通り魔的な刺殺事件があった。まさに『無敵の人』なんだろうね。自分が、幸せでないから赤の他人を刺す理由にならないし多額の裁判費用や慰謝料など発生する。再就職だったかなり厳しくなる。

やはり、こういう事件もそうだけど避けられないと思う。

例えばどんなに野球が上手くても甲子園に出てもプロ野球選手で活躍できるのは一握りだし、昔なんかで読んだけどプロ野球でドラフト候補に入り1軍で活躍できるのは数人、3年以内に解雇になる可能性が高いシビアな世界、表の華があればあるほど過酷な世界。とんでもない競争社会なんだな!

 

英語に “Everything happens for a reason.” というフレーズがあるのですね。これは「全ての出来事には意味がある」という意味で、偶然はないと。全ては必然である。
肉体を持つものだけが生命ではない。人は生きているのではなく、生かされている。
春に芽を出し、夏に花を咲かせ、秋には枯れていく。草花と同じように、人間も自然の一部であるということ。私たちの人生は常に神様の手の中にある。
どんなに健康に気をつけていても、どんなにお金を持っていても人はいつか必ず死ぬ。自然にあらがうことなどできない。詐欺師にお金を貸す。不安ですよね、信用できない人に自分の大切なものを預ける。私たちの人生は常に神様の手の中にある。神様を疑う、それは詐欺師の手の中を生きるようなもの。その人生は不安にあふれたものになる。

コップの中に水を入れてそのまま数日放置すると少しずつ水は減っていきますよね。最後には水はなくなってしまう。では、その時水は消滅したのかというとそうではない。水は水蒸気に変わっただけで消滅したわけではない。紙を燃やせば灰になる。その灰が風に吹かれて跡形もなくなくなってしまったとき、その紙は消滅してしまったのかというと、そうではない。その紙を構成したあらゆる要素はその後も原子や分子としてこの世界に存在し続ける。消滅することはない。この世界に存在するあらゆるもの、消滅しないのですよね。煮ても焼いてもつぶしても、形を変えるだけで消滅することはない。
コインがひっくり返るようなものなのだと思うのですね。表向きだったコインが裏向きになる。裏向きだったコインが表向きになる。コインが消滅することはない。
これが神様が作った世界なのですよね。神様の愛情と創造性が詰まった世界。何一つとして消滅することはないという。死とともに人間の意識だけがなくなる。消滅する。そちらの方が不自然な気がするのですね。

最後にある方のブログで印象に残った言葉を掲載させてもらいました。