「自殺カプセル」北欧で計画 設計の医師「課題精査中」(共同通信) - Yahoo!ニュース
いいのか悪いのか?
以前、小林正観さんの本に書いてあった講演会後の質問コーナーでのやりとり
参加者『私、死のうと思ってるんです』
あっけらかんと聞いてきたそうです、正観さんは淡々と知ってる情報を伝えます
正観さん『キリスト教では神からの分身をもらった命なので自殺は御法度で地獄に堕ちるとされます、でも仏教は不思議なモノで執着が無くなれば自殺してもいいそうです』
参加者『私は生きる事にも世の中にも“執着”は無くなりましただから死んでもいいですよね』正観さんはフッフッフッとニヒルに笑います
正観さん『生きる事にも世の中にも“執着”が無くなりましたってのは解ります、でも“執着”が本当に無いのなら死にたいって思わなくなるんじゃないでしょうか?』と
その参加者は元気に生きているそうです。
このくだり・・・・

参観者も凄いけど正観さんの情報も凄い!まさか釈迦がそんな事言ったのか?ビックリしてグーグル先生で調べました。仏教界のコラムをいくつか読みました。どうも自死に関しては物凄く身長でデリケートな見解でした。いくつか読んでると明確な否定はしてないけど肯定もしてないみたいな意見が多く、衝撃的でした(小話がいくつかあるけど割愛)し釈迦が生きていた当時も、どうしてもそのような選択をした人もいたそうです。経済的事情や身体的事情、刑罰で両手、両足を斬り落とされた人もいるとか、病気でやむなくとか、当時は医療も医薬品も現在とは異なる位に貧弱な世界、想像も出来ない苦痛だったはず・・・・(本当なのか・・・・驚いた)
“安楽死カプセル”海外の話、事情は違いますが現代でも似たようなことがありますね。
経済的事情、投薬により身体的苦痛や人間としての尊厳無くすような環境、選択肢の一つとしてこういうのが必要と思う人がいるし、日本では難病患者を死なせたとして医師が逮捕されてるし日本は『安楽死制度』自体の議論を明確に否定してる(様に思える)。世界中も様々な意見がある。
【個人的な見解】
う~んどうなんだろう?身内や知り合いに難病患者とか経済的事情、投薬により身体的苦痛や人間としての尊厳無くすような環境、認知症などそれを毎日見ざる得ない状況・・・やはり生きていて欲しいと思う。それでも生きていて欲しいと思うだろうな~難しい問題だし即、答えの出ない世界だとしても!

