弱者への眼差し

何だろう?

昔からそうだった、弱者に向ける視点、勿論憧れや勝利への執念もあった。

親にも言われた自分の事をしっかりやりなさい、と。でも自然と目線がいってしまう茨城県にいた小学校の頃、イジメられた女子を守った(僕は記憶にない)とか社会人になる手前の頃、入水自殺した人を救助?した(実際は後に知る学校の先生が走り出した後、僕も走って川に入って引き上げた)とか。

 

普通の社会人なら『コイツウザいよねぇ~』になりやすい。ましてや何かしらの功績や実績ある人間ではないからだ。それについて子供の頃は深く掘り下げる事はなかった。別にクラスのリーダー格でも何でもない。動物全般に関心あり犬とか猫は、好きだ。

youtu.be

この解説動画みては『俺じゃん』とほくそ笑んでしまう。

昔はなんでだろう?と不思議で仕方なかった~みんなが女性アイドル、AKBとかモー娘とかで盛り上がってる時、エリッククラプトンやローリングストーンズが大好きだったな(笑)

 

〇弱者に向ける眼差しの理由(推測)

1・自身の欲より他人を優先させる為(潜在意識)?

2・自ら優位に立ちたいから

3・潜在意識の上で『慈悲の精神』を持って生まれてきた?

 

位かな?パッと思いつくのは?以前霊感少しだけある人にあってこういう話した時

『これだけガメツイ世の中で生きてくのは大変でしょう?』

と言われた、なんとなく解るし向こうもどうやら僕の心情を少しは理解してくれてる様だ。まぁ確かにねぇ、った覚えがある。なんとなくだけど。仮に人間の心の中に『優しさや人情』が皆無だったらとっくに地球は滅びてると思う、つまり後天的であれ先天的であれ『慈悲』の心は世界中みんなが大なり小なり持っているはず。それが教育や環境や心の移り変わりの中で、“パッと悪魔が、魔が顔をのぞかせる”(比喩的な表現になるけど)。人間がどの部分を強大化させてるかでその人の人生観も人生も様変わりしていく。それが環境のせいかもしれない。集団心理に負けてしまったからかもしれない。それはわからない。

世の中の宗教自体『お金儲けの手段』になっている。釈迦もキリストももハメットも『団体』を創る事には大反対していた歴史があるし歴史自体も世界中で改ざんされている。この画像の下記の文言を知っていたからでしょう。創始者は、でもそれを破ったから人類に悲劇が今日まで継続している。そして欧米の『論理的思考』により日本人の思考も破綻してきている。明治の開国以降、西洋文明が日本に入り、各段に体形が良くなってきた。多種多様な栄養学や知識も拡散されてきた、今の高齢のお母さん世代の人はやはり凄かった、ちゃんと家庭で調理して子供に健康でいる様に務める為に、栄養に関する知識が豊富だし、それはそれで良かった。

過度な飲食は身体をおかしくするし、添加物も何が入ってるか?分かったもんじゃない。そりゃ海外から見た事ない食材が来たら興味本位がでるでしょう、僕もそうです。歴史を振り返るとアメリカみたいに肥満体形に放ってる人少ないけど、強ち笑えないのが日本人。

 

多分俺の人生、人格的にそうなっていたんだろうな?