例えば日本では少ないけど、野良猫、野良犬が沢山いる世界で、ボロボロになった動物で命が危険な状態でたまに動画で救う、救助する動画ある、野生の馬でもそう。本来ならそこで命が終える危機に瀕しても救う事で、その命が救われる。本来なら“運命のプログラム”がそこでいい意味で狂う。勿論、人類に余裕があるのが大前提。

つまり言いたいのは
『人類が進歩したら、ゆとりが生まれたら他の動物も救われる可能性がある』って事
原始時代、日本なら猪や熊など少なからず食べていた、西洋はもっと積極的に。人間が生き残る為に、自然環境の中で生存する為に、食用になっていた(現在でも地球の何処かでそういう文明があるかもしれない?)余裕が無ければ生きるのに必死ならそこまでの余裕はないでしょう。動物からしたら『命を救われた』天敵になっていたかもしれない人間に家畜だって同じだ、食用だとしても衛生環境やケガや病気からは回避できる。太古の頃から犬の祖先である狼、北アフリカで生息していた山猫、そして馬・・・人類の身近にいた動物『人間に寄り添う事で生存戦略は功を奏した』はず。もちろん全部が全種全うした訳じゃなく虐待受けている動物もいるでしょう。
『人は生まれる場所も死ぬ場所も来まってる』
なら、なぜ人間だけなんだろう?他の動物や生き物みたいに『最初の構造』から回避したいはず。いや霊長類の頂点に立った宿命みたいなもんだろうか?人間だって『九死に一生』って言葉があるし海外だと『nine lives has a cat』(猫は9回生まれ変わる)中々しぶといヤツって表現する時に使う。あると言えばあるんだよね。日本含め世界中で、やはり人は思いもよらない事で亡くなる。
それが立証される(この世での事ではなく、あの世との相関関係)もし亡くなる場所も時期も解るなら?人間はどう行動するだろう?
好き勝手して違法行為して倫理観破壊してヤケクソになる?
そうならゴールに向かって懸命に生きる?
おいらは両親と弟と家族と周囲の人に『ありがとう』と言ってその時を迎えたい
