もしかしたら?~言葉の意味~

世の中、綺麗事に溢れてるドキュメンタリー番組で有名な獣医師が手術の末に命を救う。
高度医療器具備えた大病院で患者の命を救う

確かに『ハッピーエンド』の方が番組としてはいい。クレームも少ないだろう〜後味がいいってこういう事。

〜確かに“人類の勝利”だ〜

でもそのレベルになるまでどれだけの命を失ったのか?
仮説と言うにはおこがましいけど理不尽な事故、難病、ダウン症、その他先天性疾患など、社会望まない展開を見ていて考えてふと思った

この世に出てくる母胎の中で
あるいは天上から見てる時点で
『初期設定』を決めてくるんじゃないか?

『人生の初期設定』を自ら決めてくる=よりハードモードに設定してるのかな?と。善人程、短命で悪人程長生きするって言葉が生れる位にあまりにも理不尽すぎる。日本にいてそう思う位だから海外はもっと残酷だろう。

精神世界じゃ“徳の高い、レベル高い魂”だからこそハードルあげる覚悟で生まれると。勿論、親御さんや周囲の関係者からしたらたまったもんじゃない。いらぬ自己責任を体感するでしょう。

〜イジメられる?〜


〜将来が心配だ〜


〜友達が出来るかな?〜


〜ずっと健康にならない?〜

 

心配の種が尽きる事はないでも“最初から決めてきた”ならそれが自覚できるならまた違っていたかもしれない。勿論親御さんも知っていたなら何らかの予備知識を得られるのかな?そう思いたい。

今は語る人がいなくなったと思うが親に言われた訳じゃないけど子供の頃『苦労は買ってでもしろ』って言葉を知った。昔の人はなんで稀有な事言うんだ?人生の中で苦労はしない方がいいだろう?と思った。伝聞される言葉はいつも端折ってる事が多い、多すぎる故に誤解しやすい。それは人格を磨く上で必要なんだと。⇚これが抜けていると思う。いらない苦労はしない方がいい、仕事もプライベートでも、人間関係でもそうだ。現代社会では“効率重視”してきた結果死語になってる。

 
仕事もプライベートも、この本の帯のコメントと同様に効率ばかり重視したら人生味わい深いものにならない。仕事もそうだろう。殺伐とした社会が蔓延してるのは凄く味気ないし怖いと思う。僕が人生終えて向こうに行ったら創造主?いるか?だけど聴いてみたい事が沢山る。

まぁ、生きてる間に知れる確認はできないでしょう(笑)そうしたら人間やる意味がないから。今日も感謝しながら成長しよう。