単なるコトバノチカラ~じゃない、解明が進む言葉の深堀

〇心の中で生きている

一般的にご不幸があった時、ペットが亡くなった時、誰かが離れた後

心の中で生きているって表現をする。残された人にとっては慰めにもならない陳腐な言

葉かもしれない。論理的思考をよしとする人もそうだろう。唯物論者もそうでしょう。

信じないでしょう。

 

近年の精神医学会や物理学会などの研究機関では僕らがこの世にいるのは肉体を通してでしか学べない事を学ぶ(経験や体験)為であり、寿命を終えると意識は自由になる。それらが定説になりつつある。人はこの世に来る時に向こうにいた記憶を置いてくる(忘れる)でもいい、そういう構造になっている。強ち胡散臭いと思われ嫌悪の対象が実は真実だった可能性が大きい。

人間は物質として肉体を持ち=存在している=生きている

って認識を無意識にしている。そしてお亡くなりになるとか誰かと離れると             『心の中で生きている』『存在の記憶が思い出が残っています』という表現する。

 

心の中で生きているって解釈は本質的に、物質だけの存在、肉体を得て生きていた存在

が『肉体という衣装を着てこの世に来た存在』だと知っていたんじゃないか?と思う。

深堀ではなく恐縮だが何気なく使ってる言葉に真相が隠れてる気がしてならない。

肉体を持って(衣装を着て)でしか学べない体験できない事を学ぶ為にこの世に来てる

んじゃないか?それは感情も同じ、喜怒哀楽、感謝、嫌悪も同じ。

ネガティブだけでもダメだしポジティブだけでも学べない。

双方があって違いから、相手の心情を察する事を学べる。

『心の中で生きている』単なる抽象的なあいまいな表現だと思っていた。でも本質的に

~肉体の消滅=存在しない~ではない、って思っている。勿論ペットや動物にも言える

のかな?そこはどうだろう?飼い主が亡くなったお墓で号泣する犬とか猫の動画はみた

んでペットは意識はしてる、そして飼い主の匂いのついたモノに執着している。

幸か不幸は僕らは見えるモノしか信じない(信じられない)と直感的に感じて生きてる

(そうじゃない人もいるけど玉石混合)

 

似たような解釈をもう一つ『生前〇〇が愛用していた品です』って表現があると思う『生前?』(生まれる前?)おかしくない?小林正観さんの本がネタ元だけど凄く同感した。漢字の意味をちゃんとあてるなら『死前』になるはず。小林さんはスゲェと思った。つまり

 

古代から日本人は知っていたんじゃないか?

この世が仮の世界であの世が本当の世界だと。

 

まだまだ深堀したらいろんな言葉の解釈が増えていきそうです。