真面目な人にとっては一番方向性が真逆になります。
お笑いの構成って、よくマイク一本で2人並んでボケとツッコミの役割を演じて笑いを届ける。ボケ担当が“非日常”を語りツッコミが“なぞる”。よくある構成パターン。
コントは場面設定を作りこみ、その中で演者が演じる。常識と落差があればあるほど笑いが起きる。日常生活の中の非日常パターンを見つけるセンスが秀でているのがお笑い芸人。お笑い業界の中でひと昔『呑む、打つ、買う』は常識だった。一般人にとっては
『呑む、打つ、買う』は人生の落後者、堕ちてく人の典型だった。でもお笑いの世界で染まる人が多いのはそこに“お笑いの落差”が生まれるからだと思う。ビートたけしさんの本の中で葬式とかの場面で坊さんがコケたら面白いとか、参列者がおならしたらクスって笑いが起きるとか、たけしさんいわく『お笑いの悪魔が囁く瞬間』だという。

なるほどいい例えだなと思う。落語家は『芸能人は世の中にいらない職業』と自虐的に揶揄したがそんな事はない。世の中があまりにも効率的になろうとし過ぎてる。この本の帯みたいに『効率よくに生きたいなら生まれてすぐ死ねばいい』
なんて一見暴言に見えるがホントそうだと思う。

『効率よくに生きたいなら生まれてすぐ死ねばいい』
この言葉はグサッときた、たけしさんの過去の本でもお笑い芸人が生きにくい時代が来てるなと懸念していたけど、エンタメ世界の、映画、音楽、アート、プロレスや格闘技、文学、絵画、など効率的に人生を送るなら『一見いらない職業』。でも存在する何故か?やはり『全て人間らしさ』がきっかけになってると思う。過去は違う、奴隷が貴族の為に殺し合いが行われて強ければ生き残れる古代ローマの時代、原始時代は男も女も肉体的に強くないと冬は越せないし当時は未知の病気もあっただろう?落語は室町時代から生まれた庶民の文化、絵画は貴族の肖像画にもあるように貴族の為にあったし、音楽も貴族や宮殿からの依頼によって呼ばれた。文学や映画はやはり時代の発展とともに人の感情から生まれてると思う。全部平和だから『成立する世界』生きてくのが大変な時代なら職業としてやっていけないでしょう。効率よくないもんね。
話を戻そう

お笑いの人って観察力がずば抜けてると思う。出ないとお笑いが成立しないと思う~ サンドイッチマン、タイムマシーン3号、バイきんぐの3人のネタはよくYouTubeで見る。非日常や一般人の視点とは違う場所をボケ担当が生み、おいおい、それは違うだろうとツッコミ担当が訂正に入る。一見するとイジメにもなってしまうからよくないとか社会や学校でそういう問題があったのは遺憾であるし頭にくる。社会全体にゆとりが無くなってきているからだだろうね。『くだらねぇ(笑)』と笑える余裕が社会に無くなってきてるからだ。人間が人間らしくある為の表現手段であるお笑いや芸能の世界これらが無くなるとき、人間は人間を辞める(卒業)する時が来るのかもしれない。効率よくいきてくと無味無臭な世界になりそれこそ納税する為に生きて死んでく存在かもしれない。
『そんなの関係ねぇ、そんなの関係ねぇ、そんなの関係ねぇ、ハイ、オッパッピー!』
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