大昔、人命救助した事ありまして・・・
勿論信じなくても信じても構わないんです
学生時代、某県にいました。アパートに帰る時その手前に河がありました。
電車内からよく見える河です。両側の岸に大量に人、子どもがいまして
河の中央部に注目してました。車窓ないから『何をやってるんだろう?』
と。帰ったら行ってみるか?と興味本位でした。徒歩で10分位の場所です。
両岸には大人に混じって子供がかなりいました。僕も現場にいると河の中央に
人らしき存在が?浮いたり沈んだりしてました。
周囲の大人に聞きました。~何が起きてるんですか?~
『上流部から人が流れてきたんだ救急車は呼んでるんだが・・・・』
とその時、一人の男性が走り鉄道が走ってる下に通路(人が通れる)の所を走りだしました。僕も無我夢中で走りだしました。先に男性が河に入り、僕も続けて入りました。僕はトレーナーとジーパンに革靴だった気がします。首まで二人とも河に浸かりながら要救助者の足と上半身を支えて川岸まで運びました。
その直後救急車が来て搬送されていきました。警察にも事情聴取すこしされて、その後、子供や周囲の大人からは拍手喝采でした。無我夢中だったからか?そこは気にならなかった。何人か子供がサインを求めてきた(笑)でも僕は帰りたかった、2月前の寒い日でしたから。それに首から下がずずぶ濡れで寒かった。凍えたまま、コンビニに入り温かい缶コーヒー買いました。今でも忘れてないのは店員も客も僕を異様な目線で迎えてくれました(笑)雨も降ってないのに首から下ずぶ濡れでプルプル震えながら缶コーヒー買った客がいるんですから。それを飲みながら帰宅しました。
帰宅後実家に電話したら両親は喜んでくれましたが怒られました。巻き添え喰らってお前も飲み込まれたらどうするんだ?とそりゃそうだよな・・・・いや無我夢中なのが後になって少し怖かったけど・・・結果オーライでした。
あれからかな?『命』や『生きる事』に対して“より”考えるようになったのは?
後日警察に呼ばれました。感謝状とバスタオルもらいました。要救助者は介護に疲れた中年女性だった事、最初に河に飛び込んだのは近所の小学校の先生だった事との事でした。僕が人生で初めて出会った命の現場です。
その後も悲惨な事件や事故が日本では多発してます。
命とは?生きるとは?運命とは?抗う事、人生の流れに身を任せる事、色んな考え方が人生にはありますし個人でその考え方も違います。昔はこのリスの画像みたいに天に訴えたい気持ちで一杯でした。~命とは何のか?~
最初は馬の寿命と歴史からがきっかけでした、そこから人間の命、動物の命、地球上の生命の事と考えていたら上記の壮大な疑問にぶつかりました。今でもなぜ走り出したのか?分かりません。でもこれがきっかけで思考がより深い階層に潜りだしたのは間違いないですね。いつか人間は“人間を辞める”時が来るのかもしれないし地球を捨てる時が来るのかもしれない?発展しすぎるのはこの星で生きるのは罪かもしれない。先の事は解らないけど人生の合間や隙間でこの問題は考えていこうと決めてまして、世の中の事件や事故の報道見たり、色々調べたり動画を見たりして以前にも書いた答えみたいなものに辿り着いたのは事実です。
1、人生の流れは個々に大まかに決まっている
2、それは個々に違う筋書きを決めてこの世に生まれてきた
3、筋書き=学ぶ事である・全ては学ぶ為
4、どんなに頑張っても努力しても叶わない事もある
5、この世の全ては『感謝・ありがとう』で成り立ってる
6、四苦八苦は必ずあり喜びをより味わう為に人生は『苦』がある
7、因果応報、作用反作用は、人間社会に必ずある
8、故に悩み苦しんでも、それは乗り越える壁である
9、人間社会の規則は生まれる前に決めてきた筋書きと関係ない
10、人との出会いも別れも全てが学びだった。
※補足・年間で溺れた人を救助して巻き込まれて亡くなる方が多数います。絶対しない方がいいです。もしするならレスキュー隊の話から聞いた鉄則として、要救助者に近づく時『絶対、背後から回り首を絞める要領でひっぱる』のが一番安全だとか?または暴れるなら一度、要救助者の顔を水面に付けて窒息させてから同伴で運ぶとかあるそうです。そのような冷静な行動がとれないなら消防車を救急車を呼んでください。